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最高裁判所第一小法廷 昭和45年(あ)1966号 判決

理由

弁護人川本作一の上告趣意第一点は、判例違反をいうが、所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、同第二点は、事実誤認の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

しかし、所論に鑑み職権をもつて調査すると、

一、第一審判決およびこれを維持する原判決の判示するところは、要するに、被告人らは、自動車修理業の共同経営を計画し、その一員である酒井香において、昭和四一年五月頃その工場敷地として利用すべく、西村幸義所有の八幡浜市字沖新田一、五一〇番地六五、同番地六六の土地(以下「本件土地」と略称する)およびその地上建物、木造スレート葺平家建事務所(面積約二七平方米時価約三〇万円、以下「本件事務所」と略称する)を借受けた。右西村は、当時本件土地上でモータープール(駐車場)を経営していたので、右酒井らは、この駐車場跡に自動車修理工場を建築したが、その際、軽量鉄骨二階建家屋一棟を新築するとともに、敷地殆んど全部を軽量鉄骨の支柱を用い波型スレート葺屋根でおおい、かつ、敷地全体をコンクリート土間とし、また、右西村が従前事務所として使用していた本件事務所の床を落すなどして自動車修理工場の事務所に改造したものであり、被告人らは、同年八月自動車修理工場完成後右共同事業を会社組織にあらため、愛后自動車工業株式会社(以下「会社」と略称する)を設立して、被告人毛利三郎が代表取締役、被告人岩田進、同前田稔が取締役に就任したが、昭和四二年三月金融機関から融資を受けるに際し、本件事務所を含む自動車修理工場を、工場軽量鉄骨造および木造スレート葺二階建一階三〇四・四〇平方米二階五三・〇四平方米として会社所有名義で保存登記をしたうえ、会社の愛媛県信用保証協会に対する債務の担保として、同協会のため極度額二〇〇万円の根抵当権設定登記をしたのである。しかし、本件事務所は、前記酒井香が前記西村幸義から借受け、会社が右酒井からその賃借権の譲渡を受けたものであり、自動車修理工場の他の建物と附合することなく、独立して右西村の所有に帰属するから、被告人らがこのような事情を知りながら、本件事務所を自動車修理工場の一部として、会社所有名義に保存登記の上前示根抵当権の設定登記をしたことは、被告人ら共謀のうえ、その保管する西村幸義所有の本件事務所を横領したものである、というのである。

二、しかし、記録中に存し第一審が証拠とした西村幸義と酒井香との間の賃貸借契約書写によると、「一、西村幸義を甲とし、酒井香を乙として左の契約をする。一、甲の所有する沖新田の宅地を乙に五カ年間貸与する。一、昭和四一年六月より昭和四三年五月末迄は金弐万五千円也、昭和四三年六月一日より昭和四五年五月末日迄は金三万円也の家賃とする。一、家屋の改造は乙の費用で償うものとする。一、二回目以後の改造の場合は甲の了解を得てするものとする。」と記載されており、右契約上、本件土地のほか本件事務所を含む駐車場用の地上施設が賃貸借の対象となつたものか否か甚だ不明確であるばかりでなく、右両名の第一審証言によるも、右の点については必ずしも明白でないのであつて、右酒井香の証言中には、「建物を潰して建て直すとの条件で借りたのです。」「建物は借りた感じはありません。」とする供述部分、右西村幸義の証言中には、建物の所有関係につき「契約の時には、その点についてはつきりうたいませんでした。」とする供述部分もあり、右両名は、右賃貸借契約締結の時点では、駐車場跡を自動車修理工場用地として利用することに主眼を置いていた状況も窺われるから、西村幸義と酒井香との間で、当時本件事務所を賃貸借の対象とすることについて、明確に認識していたものとは直ちに速断することができないといわなければならない。しかも、記録上、被告人らは、右賃貸借契約の締結や自動車修理工場の建設に具体的に関与した形跡がなく、また、右工場完成後日常の話題の中で、または、本件登記手続に際し、本件事務所部分だけを他の工場建物と区別し、その所有関係を問題にしていた事情や本件事務所を含めて登記しない限り、工場建物の担保価値が減少し、被告人らの目的とする融資が受けられなくなる事情も窺えないのであるから、被告人らが真実本件事務所部分が他人の所有であることを認識していたのであれば、これを除外すれば足りるのであつて、何故に本件事務所を他人の所有と知りながら担保に供しなければならないのか、その合理的理由の存在について疑問の存するところである。そうすると、被告人らが公判廷において、本件登記手続に際し、本件事務所部分は他人の所有であるとは思わず、本件事務所を含む工場建物が会社の所有と信じていたとする弁解を、直ちに虚偽であると断じ去ることはできないものと解せられる。

しかるに、原判決は、酒井香が西村幸義から本件土地とともに本件事務所を賃借し、会社は右酒井から更にその賃借権の譲渡を受けたものであつて、被告人らは本件事務所が、右西村の所有であることを知つていたとして、被告人らの横領の犯意を肯定した第一審判決を是認したものであり、原判決には、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認があることを疑うべき顕著な事由があるに帰し、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。

よつて、刑訴法四一一条三号により、原判決を破棄し、同法四一三条本文により、本件を原裁判所である高松高等裁判所に差し戻す

(裁判長裁判官 藤林益三 裁判官 岩田誠 大隅健一郎 下田武三 岸盛一)

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